by the way,

あのアルバムも、このアルバムも良い〜〜〜〜〜。

ドラえもん のび太と緑の巨人伝【百聞は一見に如かず 再び】

ラブリーズの新曲いいねっていう文章を書いたあとに、急にドラえもんの話だよ!!

ドラえもん のび太と緑の巨人伝(2012年)

を観ました。久しぶりに観たドラえもん映画。子どもの頃はよく観てたけど。

この作品賛否両論っていうか「良くない」「だめ」と大声で叫ぶ人が多い映画である、ということが鑑賞前にレビューを見てわかりました。その一方で「最近のドラえもん映画の中で一番」って言う人もいて、そんなの、気になるじゃないですか。

そんなパッキリと好き嫌いが分かれるものって逆に気になるじゃないですか。誰かにとって駄作でも誰かにとっては一番好きな映画だったりするじゃないですか?

「駄作」は簡単に言ってしまえるけど、「一番好き」はそう簡単にもらえない言葉じゃないですか!!

ちょうどこの前、まわりの人がボロクソ言ってた「君の名は。」を観に行ったら面白かった、という出来事があったので、ここはひとつ自分の目で確かめよう!!と思って観てみました。

結果…(ネタバレあります)

[のび太と緑の巨人伝]劇場予告編

面白かったです。

たしかによくわからないっていうか混乱するとこは終盤にいっぱいあるし、「あれ?今どこで何が起きてるんだっけ??^o^」ってなったけど。=面白くないとは思わなかった。

 

(以下「好き」という言葉がたくさん出てきますが「心に残る」的な意味も込みです)

良かったところ、好きなところ。

  • 前半の町の描写(建物や植物、季節感、空気感など)が綺麗で丁寧。そのおかげで、ただの町が「のび太たちが住んでいる町」へと認識が変わって愛着が沸くため、終盤の町が緑にのみこまれてる様子がグッと悲惨に見えた。
  • 野比家のパパとママとキー坊のやりとり。ママなんてとくにキー坊にメロメロになってしまうのですが、それがストンと腑に落ちるほどのキー坊の可愛さ!!「いつか僕らを雨宿りさせてくれるくらい、大きくなるかもなあ」というパパの台詞も好きだ。
  • 長老ジイが好き。長老シーンはお気に入りシーンばかり(((^o^)))かさかさした声も良い。ベイビー!?
  • 途中で出会う村の子どもたちがめっっっっっちゃ可愛い。とろとろした喋り方もまた良し。村へ着いてからの村でのシーンもすごい好きだ〜。スネ夫が惚れちゃった子も可愛かったな〜。
  • 絵柄。線?が好き。一本調子なのより断然好き。
  • 商業アニメーションではあまり見ないような絵になってるとこがいくつかあって面白かった。のび太と姫がキー坊を救う為に水をやるとことかとくに。あれ描くの楽しそう(^o^)
  • もの言わぬ植物を宇宙人という形でしゃべれるようにして、植物から人間への言葉を聞かせられるようにしたところ。(実際に植物がどう思ってるかなんてわからないけど、「キャー僕たち私たちを次々切り倒してくださってありがとうございます!!!!」とは思っていないであろうことは分かる)
  • のび太の名前ってやっぱ良いよね
  • ところでドラえもんってのび太がゲストキャラをめっちゃ可愛がってる時にヤキモチまで行かなくても、モヤッとしたりしないんだろうか?

 

違和感があったところ

  • 緊迫した場面で、息を吹き入れないと飛んでられないドラえもん気球で必死に息を吹き入れているのがなぜかスネ夫(^o^)なぜ一番肺活量なさそうな人に…。
  • 終盤はやっぱり混乱する。と言っても私は映画を観ると高い確率で「?」ってなるので、なんていうかこの感じには慣れているwそれに巨人伝は映画冒頭からこれまでの積み重ねっていうか、登場人物の今までのやりとりを考えれば充分に伝わってくるものがあると思う。けっこう直接的に台詞で言ってると思うので「説教くさい」と感じる人もいそうだけど、オブラートに包んで言うなんて悠長なことやってられない というところまでもう来ちゃってるんじゃないの?と思った。あと長老になら喜んで説教される。

 

個人的な出来事との結びつき

近所に大きめの公園があって、入園料とか別にないのですが、そこに動物がいるんですね。何種類かいて、その中に猿が一匹だけいるんです。檻の中に一匹だけでいて、その檻の中って本当に最低限のものしか無いんです。そこに毎日毎日毎日、一匹だけでぽつんといるんです。猿の気持ちはわからないけど、その様子を見ていると、「人間と動物は共存なんかしてないんだなあ」とあらためて思うんです。

人間優位の一方的な関係だなあと。人間の暮らしの発展は他の種族の犠牲のもとにあるんだなあと…。動物の本来の暮らしって、今までどのくらい犠牲になったのかなあ。

で緑の巨人伝を観たら、植物の本来の暮らしも、今までどのくらい犠牲になってきたのかなあ。と思いました。そしてこれからも。

 

子どもにはむずかしい。のかな?

これは子どもに観せて感想聞かないとわかんないんですけど。

植物を「キャラクター」として認識させて、愛着が沸けば、環境問題に対する考えも漠然としたものから1つ前進すると思うんだけどな。

観せてみて、子どもが「よくわかんなかった☆」って言うならいいんですけど、親の予想で「これは難しいから観せるのやめとこう」ってなるのはやめてほしいなあ。なんとなく。意外に大人が気付かないようなとこに気付いたり、何かを思ったりすると思うんだよなあ。

ああでもたしかにちょこちょこ子どもにはきついシーンがあるかもなあ…。

身近に子どもがいないので分かりません。(完)

難しかったとしても、ドラえもんは毎年映画やってるから難解と思われる回があってもいいんでないかね。

 

まとめらしきもの

映画を観る時に「理にかなってること。映画の中で説明がすべてされていること」を前提として観る人には受け付けないかも?

わたしは全部 説明ができるほど理解できなくても、好きなキャラクターがいれば、好きなシーンがあれば、それは好きな作品になるってことがわかりました(^o^)後から「あれは何だ?」って考えるのも良いし。あまりに内容が意味不明だったり自己満だったりなのは好きな要素があったとしても無理だけど

(アニメでも実写でも、画面の密度(作画とか、美術とか)にこだわるわりに話はすごい普通。みたいな作品ってよく見かけるんですが、巨人伝は画面も好きだったし内容もグサッとくるものがあって、ちょっと落ち込んだ;_;)

でもって作品を鑑賞した後に好きなシーンやキャラクターを思い返せるというのは、めぐり合わせで、当たり前のことではないと思うんです。普段 映画やドラマ、漫画、小説にふれていても、好きなキャラが一人もいなかった。好きなシーンが一個もなかった。ってことは少なくないからです。

緑の巨人伝、心に残るキャラやシーンがたくさんあったから、わたしはこの作品好きです。

前に友だちが撮った写真を、「これ好きだなあ」と思ってそのまま伝えたことがありました。でも友だちは、先生たちにその写真を酷評されて落ち込んでいて、わたしが「良い」と伝えても「いや、これはダメなものなんだよ…」と言ってこちらの感想を受け入れてくれなかったんです。そのくらい落ち込んでたんだと思います。

でも作った張本人たちが「これはダメ」って言ってしまったら、それを良いとか好きとか思ってしまった人はどうしたらいいの?見た人がどんな感想を持っても自由なように、作った人もそれに対してどう思っても自由だとは思いますが、それを世に出した大人たちの責任として否定はあんまりしないでほしいなあ…。

 

ポケモンの2017年の映画だってさ、「サトシとピカチュウの出会いを映画でやる」と言って、その1話がテレビで放送された当時子どもだったわたしをワクワクさせておいてさ、カスミとタケシがなんか知らん人にすり替わってるしさ(涙)

そりゃあ、今の子どもたちが最優先で、昔子どもだった人が二の次っていうのはしょうがないけど、カスミとタケシ(もしかしてシゲルも??)っていうキャラクターを世に出したのに、「あの人たちは、いませんでしたーー☆」って無かったことにするのってどうなん(怒) パラレルワールド乱立するのほんとやめてくれ〜!!カスミがとくに好きだったので悲しいったらない。どうか昔の子どもも大切にしてください(涙)

 

おやすみなさい。

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